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長崎平和祈念式典での被爆者代表・城臺美彌子さんのスピーチを紹介します



本日8月9日、長崎平和祈念式典で、被爆者代表として城臺(じょうだい)美彌子さんが、あいさつをされました。

安倍首相の眼前で、真っ向から集団的自衛権、武器輸出・原発輸出を批判され、福島からの避難や廃炉を訴えたスピーチが、ものすごい反響を呼んでいます。

NHKの中継でも、「今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。!」と話されたくだりで、安倍首相が顔をしかめこわばらせている映像がはっきりとわかりました。

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ぜひ動画で見ていただきたく、そして全文を読んでいただきたく、ここに紹介します。
動画は、Youtubeに掲載されていたものを転載させていただきます。
あいさつ全文は、東京新聞などで掲載されている、おそらく元原稿の文章と、実際のあいさつとは少し違うため、動画から書き起こしたものをのせます。




平和への誓い

1945年6月半ばになると、一日に何度も警戒警報や、空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時6歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

8月9日の朝、ようやく目が覚めた頃、あのサイレンが鳴りました。「空襲警報よ、はよ山まで行かんば」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕へ登りました。

爆心地から2.4キロの地点、金比羅山中腹にある、現在の長崎中学校校舎の真裏でした。

しかし、敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは、「今のうち」と防空壕を飛び出しました。その頃、原爆搭載機B29が長崎上空へ深く侵入していたのです。

私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。おとなりの同級生、トミちゃんが、「みやちゃーん、遊ぼう」と外から呼びました。

その瞬間、キラッ!と光りました。

そのあと、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えておりません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんは、その時何のケガもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなる。たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で、多くの被爆者が命を落としていきました。

私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。私が被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。

原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは、人間の力ではどうすることもできません。

今、強く思うことは、この恐ろしい、非人道的な核兵器を、世界から一刻も早く、なくすことです。

そのためには核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。

しかし、現在の日本政府はその役割を果たしているのでしょうか。今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。

日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。一旦戦争が始まると、戦争が戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか。

日本の未来を担う若者や、子どもたちをおびやかさないで下さい。平和の保障をしてください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないで下さい。

福島には、原発事故の放射能汚染で、未だ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々が大勢おられます。小児甲状腺がんの宣告を受けて、おびえ苦しんでいる親子もいます。

このような状況の中で、原発再稼働、原発輸出、おこなっていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未解決です。早急に廃炉を検討して下さい。

被爆者は、サバイバーとして残された時間を命がけで語り継ごうとしています。小学1年生も、保育園生さえも、私たちの言葉をじっと聞いてくれます。

このこと、子どもたちを、戦場へ送ったり、戦火に巻き込ませてはならないという思い、いっぱいで語っています。

長崎市民の皆さん。いいえ、世界中のみなさん。再び、愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いで下さい。

日本の真の平和を求めて、ともに歩きましょう。私も被爆者の一人として、力の続く限り、被爆体験を伝え残していく決意を、皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

平成26年8月9日

被爆者代表 城臺美彌子


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9月13日に福島の“今”を聞く会を開きます

9/13椎名さん聞く会チラシB5

「あきらめられるか 忘れられるか 福島の怒りはおさまらない」
9・13 福島の“今”を聞く会
椎名千恵子さんをお招きして~

9月13日(土)
豊島勤労福祉会館 第7会議室


池袋駅南口下車 徒歩約7分
18時開場
18時半~ 「2014年1~3月いわき・福島」上映
19時~ 開会


主催:NAZENいけぶくろ

椎名千恵子さん略歴
1946年福島県梁川町生まれ。演劇や詩の朗読といった表現活動を行なうかたわら、同町に明治時代に建てられた芝居小屋「広瀬座」の保存活動に関わる。また、多種多様な講師を招いて行なう「校舎のない学校」の活動は有名。その後、丸森町で自給自足農家体験型の民宿を営むが、2011年の「3・11」で生活が一変。「3・11」後、経産省前の座り込み、テント設置の先頭に。12年には米国を、13年にはドイツを訪問し、福島の現状を訴える。

NAZENいけぶくろとは
NAZEN(「すべての原発いますぐなくそう!全国会議」)は、フクシマの怒りを共有し、原発廃炉を闘う運動体として2011年8月5日に結成されました。①全原発廃炉、②被曝労働拒否、③「ふくしま共同診療所」の建設と発展、④保養・避難運動の推進、⑤国際連帯、の5つの柱で取り組んでいます。
 NAZENはその後全国各地で結成、私たちNAZENいけぶくろは、今年3月に新たに豊島・板橋を中心にスタートしました。「東京武蔵野病院・精神医学研究所労組」(精研労組)が事務局となり、「反原発・反失業」―労働運動の力でこそ全原発廃炉・核廃絶ができることを核心にすえて闘っています。 国鉄闘争を軸とした労働組合復権の闘いを共有しながら、核の廃絶と原発即時廃炉を可能とする地域でのネットワークを作りだしていきます。
どうぞNAZENいけぶくろにご参加ください!

プロフィール

NAZENいけぶくろ

Author:NAZENいけぶくろ
NAZENいけぶくろは、「すべての原発いますぐなくそう!全国会議」(NAZEN)運動を進める一翼として、池袋を中心とした豊島・板橋などの地域に立ち上がりました。
「ふくしま共同診療所」を支える活動などを地域で行っています。一緒に活動しましょう!
メールアドレス nazennaike-ikebukuro★yahoo.co.jp(★を@マークに変えてメールしてください)

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